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福岡地方裁判所小倉支部 昭和61年(わ)276号 判決

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

本件公訴事実中犯人隠避教唆の点については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和六一年二月一一日午後九時ころ、北九州市小倉北区明和町《番地省略》株式会社読売新聞西部本社前路上に駐車中の普通乗用自動車内において、回転弾倉式三八口径六連発けん銃一丁及び火薬類である実包二発を所持したものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

罰条

判示所為のうち

けん銃一丁の不法所持の点 銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項

実包二発の不法所持の点 火薬類取締法五九条二号、二一条

科刑上の一罪の処理

右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い銃砲刀剣類所持等取締法違反罪の刑で処断

刑種の選択

懲役刑を選択

訴訟費用

被告人に負担させない。

(量刑の理由)

本件は、暴力団幹部(若頭)である被告人が、判示のとおり、けん銃一丁及び実包二発を不法に所持していたというものであるが、その経緯は、被告人がその配下組員のMを組長であるNの殺人未遂等の犯行の身代わり犯人として警察に出頭させるにあたって、警察にMの言うことを信用させるための道具として、Nによって右犯行に使用されたけん銃等をMに持たせることとし、被告人がいずこからかこれを入手してMに手渡すまでの間所持していたというものであり、Mに手渡す目的は主に捜査の妨害にあったといわざるを得ないこと等に照らすと、被告人の判示行為が、警察の求めに応じて右けん銃等を警察に差し出すことにつながっている面のあることを考慮に入れても、被告人の判示行為に違法性のあることを否定することはできない。そして、被告人は暴力団幹部(若頭)であり、本件犯行は被告人の右立場を抜きにしては考えられないものであるが、被告人が今後当分暴力団組織から離脱する見込みは少ないこと、被告人は右けん銃等を誰から入手したのかが明らかになっていないこと、被告人は、昭和六〇年七月一五日福岡地方裁判所小倉支部で競馬法違反罪により懲役一年六月及び罰金三〇万円、五年間右懲役刑執行猶予に処せられた(同月三〇日同裁判確定)のに、右執行猶予期間中に本件犯行に及んだものであることを併せ考えると、被告人の本件刑事責任を軽視することはできない。そこで、以上の事情その他諸般の事情を総合考慮して、被告人に対し主文のとおり量刑する。

(一部無罪の理由)

一  本件公訴事実中犯人隠避教唆の訴因は、

被告人は、暴力団甲野会二代目乙山組の若頭であるが、同組々長Nが、昭和六一年二月八日午後一一時三五分ころ、北九州市小倉北区堺町《番地省略》クラブ「ダイヤモンド」店内において、A(当三七年)に対し、殺意をもって、所携の回転式三八口径六連発けん銃を発射し、同人に加療約一か月間を要する左手及び左前脚部貫通銃創等の傷害を負わせたとの殺人未遂の被疑事実により逮捕されたことを知るや、右Nをして同罪による訴追及び処罰を免れさせる目的で、その身代り犯人を立て右Nを隠避させようと企て、同月九日午後七時ころから同八時ころまでの間、同区三郎丸《番地省略》前記乙山組事務所前駐車場において、同組々員M(当三一年)に対し、「どうしても組長を助けないかん。判るやろ。事件の現場にいたのは、おれとおまえだから、どっちかが身代りに出るしかない。」「おれが身代りに立つより、おまえが出た方が自然だ。」等と申し向け、さらに、同月一一日午後九時ころ、同区明和町《番地省略》読売新聞西部本社前路上に駐車中の普通乗用車内において、右Mに対し、あらかじめ被告人が入手していた前記けん銃一丁及びその実包二発を手渡した上、重ねて「警察に行ったら、最初についた嘘をあくまで貫け。どんなに追及されても自分が撃ったんだということで押し通せ。」等と申し向けて右Mにおいて右Nの身代り犯人となるよう教唆し、右Mをしてその旨決意させ、よって、同人において同月一二日午後零時二〇分ころ、同区域内五番一号福岡県小倉北警察署において、同警察署勤務司法警察員警部補笹山清一に対し、右けん銃一丁及び右実包二発を提出するとともに、右M自身が右けん銃を使用しての前記殺人未遂事件の犯人である旨虚偽の事実を申し立て、もって、罰金以上の刑に該る罪を犯した者である右Nを隠避せしめることを教唆したものである。

というものである。

これに対して、被告人及び弁護人らは、右犯人隠避教唆の訴因記載の事実関係については認めているが、弁護人らは、次のような趣旨の主張をしている。すなわち、「本件で問題となるのは、正犯者とされているMが殺人未遂犯人とされているNを隠避させたかどうかである。隠避とは、蔵匿以外の方法によって官憲の発見・逮捕を免れさせる一切の行為をいうものとされているところ、警察当局は、昭和六一年二月九日に右Nを令状により逮捕しており、右Mが身代わり犯人として警察に出頭したのは、その後の同月一二日のことであって、そのときはすでに、殺人未遂犯人とされている右Nは官憲によって発見・逮捕された後であり、右Mはもはや、右Nの官憲による発見・逮捕を免れさせる行為をすることはできず、犯人を隠避させることはできなかったものである。しかも、右Mは、警察当局から殺人未遂の犯人としては全く相手にされず、その取調べは全然なかったものである。したがって、右Mの行為は犯人隠避罪の構成要件に該当しないから、右Mの犯人隠避の教唆犯として起訴されている被告人は無罪である。」というのである。

そこで、本件犯人隠避教唆の訴因に記載された右Mの行為が、刑法一〇三条にいう、罰金以上の刑にあたる罪を犯した者を「隠避せしめた」ものに該当するものといえるかどうかを中心にして、以下検討する。

二  ところで、刑法一〇三条にいう「隠避せしめた」の意義については、一般に、「刑法一〇三条に所謂蔵匿とは官憲の発見逮捕を免るべき隠匿場を供給することを指称し、隠避とは蔵匿以外の方法に依り官憲の発見逮捕を免れしむべき一切の行為を包含する。」と説明されている(大審院昭和五年九月一八日判決・刑集九巻六六八頁参照)。それでは、本犯の嫌疑によりすでに逮捕勾留されている者を右にいう「隠避せしめる」ということは考えられるであろうか。これについては、「隠避せしめた」の意義についての前記説明、並びに刑法一〇三条の立法趣旨が、罰金以上の刑にあたる罪を犯した者及び拘禁中逃走した者に対する官憲による身柄の確保に向けられた刑事司法作用の保護にあると解されることに照らして、更にまた、刑法一〇三条の規定する行為のうち「蔵匿」の場合は、逮捕勾留されている者を蔵匿するということは考えられない(なお、逮捕勾留されている者を奪取した場合には、刑法九九条の被拘禁者奪取罪が成立する。)ことや、同条の規定する客体のうち「拘禁中逃走したる者」の場合は、官憲により身柄を拘束されていない者を予定していると考えられることと対比して考えると、同条は、本犯の嫌疑によりすでに逮捕勾留されている者を「隠避せしめる」ことを予定していないと解するのが相当であると考える。(仮に、この点について一歩退いて考えるとしても、本犯の嫌疑によりすでに逮捕勾留されている者の場合は、官憲において本犯の嫌疑によりその身柄を確保しているのであるから、その状態の続いている限り、証憑湮滅罪への問擬が問題とされることはあっても、本犯を「隠避せしめた」ということになることはないと解すべきである。けだし、刑法一〇三条にいう「隠避せしめた」とは、官憲から本犯の身柄を隠避させることを意味するものと解されるから、ある行為があっても、その結果が、捜査官憲による本犯特定等の捜査に手間を取らせたという程度にとどまり、本犯の嫌疑によりすでに逮捕勾留されている者のその身柄拘束状態に変化を及ぼさなかった以上、その場合をも本犯を「隠避せしめた」ことになるというのは、刑法一〇三条にいう「隠避せしめた」ということばの解釈上無理があると考えられるからである。したがって、前述のとおり一歩退いて考えるとしても、本犯の嫌疑によりすでに逮捕勾留されている者の場合、これを「隠避せしめた」といえるのは、隠避行為の結果、官憲が誤って、本犯の嫌疑による逮捕勾留を解くに至ったときに限られ、そこまで至らなくて、官憲が本犯の右逮捕勾留を続けたときには、「隠避せしめた」ものとはいえないと解するのが相当である。)

なお、検察官は、刑法一〇三条は、いわゆる危険犯に関する規定であり、同条の罪が成立するためには、現実に刑事司法の機能を妨害するという事実の発生を要件とせず、その可能性があれば足りるものと解されるということから、本犯がすでにその嫌疑により逮捕勾留されている場合であっても、ある者がその捜査を妨害する可能性(危険性)のある行為をしたときには、その行為は刑法一〇三条にいう「隠避せしめた」ものに該当する旨主張するもののようである。しかし、刑法一〇三条の罪が危険犯であるということは、同条の罪が成立するには、同条に規定する蔵匿し又は隠避せしめた行為があれば、それ以上に、現実に刑事司法の機能を妨害したという事実の発生までは必要でなく、その可能性(危険性)があれば足りるということを意味するけれども、刑法一〇三条の罪が危険犯であるということから、刑事司法の機能を妨害する可能性(危険性)のある行為はすべて同条の行為に該当するということまでは意味しない(もしもそこまで意味するとすれば、それは、「隠避せしめる」危険性のある行為をも「隠避せしめた」ものに含ましめることになりかねず、同条に規定する行為の解釈を曖昧にするものであり、罪刑法定主義に反するというべきである。)。したがって、ある行為が刑法一〇三条に規定する「隠避せしめた」ものに該当するか否かは、危険性の有無ということよりも前に、まず、その規定する「隠避せしめた」ということばの解釈をもとにして、それに該当するかどうかによって判断すべきことである。そして、この見地に立って、本犯の嫌疑によりすでに逮捕勾留されている者を「隠避せしめる」ということがあり得るかどうかを考えると、やはり前述のように解さざるを得ないのである。

三  次に、本件で取り調べた各証拠によると、本件犯人隠避教唆の訴因記載の事実関係についてはこれを認めることができるほか、

1  Nは、右訴因に記載された殺人未遂を含む被疑事実に基づく逮捕状により、昭和六一年二月九日午後四時四五分ころ通常逮捕されたこと

2  Mは、右訴因記載のとおり、その後被告人から教唆されて、同月一二日午後零時二〇分ころ、福岡県小倉北警察署にけん銃一丁及び実包二発等を持って出頭し、同署勤務の警察官に対し、右けん銃等を提出するとともに、M自身が右けん銃を使用して前記殺人未遂の犯行に及んだ旨虚偽の事実を申し立てたが、警察は、身代わり出頭してきたMの言うことを信用するには至らず、同人をけん銃一丁及び実包二発の所持を内容とする銃砲刀剣類所持等取締法違反及び火薬類取締法違反の被疑事実に基づいて現行犯逮捕したにとどまり、Nの身柄拘束状態に変化はなかったこと

以上の各事実が認められる。

四  そこで、本件犯人隠避教唆の訴因記載のMの行為が、刑法一〇三条にいう「隠避せしめた」との構成要件に該当するかどうかを検討するに、前記三に認定したとおり、本犯(前記殺人未遂等の犯人)のNは、Mの右行為の前にすでに本犯の嫌疑により逮捕されていたうえ、右の身柄拘束状態は、Mの右行為によって何の変化も受けていない(しかも、本件の場合、警察は、身代わり出頭してきたMの言うことを信用するには至らず、したがって、Mの右行為があっても、本犯のNにつき前記殺人未遂等の嫌疑に基づく身柄拘束を解くことが問題とされた形跡はなく、本犯の身柄の確保に危険をもたらしたともいえない。)から、刑法一〇三条にいう「隠避せしめた」の意義についての前記二の説示に照らすと、本件犯人隠避教唆の訴因記載のMの行為は、右の一隠避せしめた」との構成要件に該当しないものというべきである。

五  以上の次第で、本件犯人隠避教唆の訴因により被告人につき犯人隠避教唆罪が成立するためには、右訴因に記載されている被教唆者のMの行為が刑法一〇三条の犯人隠避罪の構成要件に該当することがその要件であるところ、前記四に説示したとおり、Mの右行為は右構成要件に該当しないものというべきであるから被告人についても犯人隠避教唆罪は成立しないというほかない。結局、本件公訴事実中犯人隠避教唆の訴因については、同訴因記載の被告人の行為が犯人隠避教唆罪として成立せず、罪とならないものであるから、刑訴法三三六条により、右の点につき被告人に対し無罪の言渡しをする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱﨑裕)

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